盛岡冷麺 食道園

昭和29年 盛岡冷麺の元祖 食道園

盛岡と言えば数多くの麺が人気ですが、その中でも盛岡冷麺は特に有名。元祖「食道園」の冷麺は盛岡人なら誰でもその麺の味を覚えています。

「食道園」の創業者青木輝夫氏が、東京数奇屋橋の店で出されていた冷麺を昭和29年(1954)盛岡に紹介。試行錯誤の末初めて盛岡に出店したのが最初とされます。

「食道園」の冷麺は珍しさも手伝って話題を呼び、ヘルシーでさっぱりしていることから女性客にも愛され、多くのファンを生むことになりました。

「食道園」の成功に刺激を受けた多くの焼肉店では、「食道園」の味をお手本に冷麺をメニューに加え、盛岡ならではの多くの冷麺が作られることになりました。昭和60年代にはグルメブームと地元企業の努力も手伝い「盛岡冷麺」として全国に知れ渡るようになりました。

ガイデックス取材班のIが冷麺を体験したのは36年前。今でも強烈に当時の食感を覚えています。強烈な歯応えのある感触。この味は何度か食べるうちに魅了されます。

盛岡冷麺の特徴は、何と言ってもその麺のコシ強さ。独特な製法で小麦粉と片栗粉を材料に作られ、ゆで上がると透明感のある麺に変身します。スープは牛肉や鶏肉をベースに取り、できあがった冷スープは綺麗な琥珀色に澄んでいます。キムチ味とのコンビネーションが抜群で、盛り合わせに、ゆで卵、キュウリ、牛肉、季節の果物が添えられます。

盛岡冷麺は、本場平壌で食されていた平壌冷麺に故郷盛岡の辛味のある冷麺を融合させたということです。現在でも頑なに「平壌冷麺」の名称にこだわっている看板からも頷けます。

最近は食ブランドとしての知名度も上がり、近隣県はもちろん全国的に名声を馳せている盛岡冷麺。各店で工夫を凝らし特徴のある盛岡冷麺をだしていますが、やはりここ元祖「食道園」の冷麺を食べなければ盛岡冷麺の心にふれることはできません。

盛岡人にとっての冷麺は冬でも食べる好物。暖房の利いた暖かい部屋で盛岡冷麺を食すのは盛岡の人にとって楽しみの一つです。盛岡では、ぜひ元祖「食道園」のこだわりの冷麺を味わってみたいものです。

食道園 電話019-651-4590 岩手県盛岡市大通1丁目8-2


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北上コロッケ

北上コロッケの生まれ故郷は和賀川と北上川が合流する場所、北上市。肥沃な土地は食材の宝庫。米どころで、二子里芋を初め、黒毛和牛や白百合ポーク、また岩手県内一のアスパラの産地として知られています。食材が豊富で何でも揃う北上には、以前はこれといった名物になるものがありませんでした。平成17年(2005)のイベントを機会に「北上市に名物を」と、北上市調理師会の有志10名が立ち上がり、アイデアで作ったものが北上コロッケです。
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地元の食材を使いスローフードとして、またファーストフード感覚で食べられるコロッケ。家庭的でどこかノスタルジックな食べ物に新しいイメージを加え出来たのが北上コロッケ。一般的なコロッケはジャガイモを使いますが、北上コロッケの特徴は里芋をベースに使っていることです。里芋はジャガイモと違い水分が多いのでコロッケの食感と里芋の粘りをどう調和させるかが課題でした。調理師ならではのプロのこだわりと、地元の名物を作ろうという意気込みがあり、試行錯誤の結果、翌年の平成18年(2006)に完成しました。

材料は里芋、黒毛和牛、白百合ポーク、アスパラの4種類を使います。市内のお店でもそれぞれ工夫をこらして洋風・和風を問わず色々なバリエーションで提供できるようにもなり、評判を聞いた主婦達が各お店を食べ歩きなどして話題になり、多くのメディアにも取り上げられています。地域に着実に根づいてきました。

北上調理師会では北上コロッケを一時のブームに終わらせることなく名物を根付かせようと、基本レシピを公開し誰でも作れるようにしています。また施設の慰問や市内の保育園の先生を招いて料理教室を開き、食育としても取り組み名物料理として定着してきました。今では市内の小学生に聞けば誰もが知るまでになりました。食のIBリーグにも加盟し、平成21年(2009)12月は八戸で開かれたB1グランプリに初出場しファンを魅了。今年(2010)に9月には神奈川県で行われる大会では3万食の販売に向けて頑張っているところです。

平成22年3月31日には市民の方々が参加して北上コロッケのサポート隊、北上コロッケ研究所が発足。さらに北上コロッケを食べた仙台の方が歌った曲を応援ソングとして販売することも決定。町おこしとして日々進化している北上コロッケ、北上市へおこしの際は各店の特徴のある北上コロッケをご堪能ください。

(取材協力) 北上市調理師協会
岩手県北上市諏訪町2丁目2-10


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横手やきそば

横手やきそばの元祖 神谷焼そば屋
神谷焼きそば屋

「青い山脈」「山と川のある町」等の作品で知られる作家石坂洋次郎にゆかりの秋田県横手市。この穏やかで人情あふれる街の名物に数えられるのが「横手やきそば」。大沼源治郎さん夫婦が営む「元祖・神谷(かみや)焼そば屋」は横手やきそばの考案者とされる初代の萩原安治さんから数えて三代目にあたります。

横手やきそばは、神谷焼そば屋の初代萩原安治さんが戦後まもなく横手の正平寺門前に店を構えて始めたのが最初とされ、当時の製麺業者の協力を得ながら試行錯誤の末作り出したのが、太麺のゆで麺でソースと挽肉をからげ、目玉焼きと福神漬けが載った、現在の横手焼きそばのスタイル。気取らない庶民の味で昭和30年代まではひと皿10円から15円といいますから、今の貨幣価値にして350円程度。昭和40年頃は主婦の副業や駄菓子屋でも出され、一時は街中で100件近くのやきそば屋が味を競っていたそうです。

麺をソースで炒め、目玉焼きを載せるというシンプルな料理だけに、実は料理人の経験や勘ができあがりを左右する難しさもあります。

最近は県内だけではなく、遠く九州や大阪からわざわざ「横手やきそば」お目当てで食べに来る人も多いとのこと。神谷焼そば屋ではホルモン入りや野菜入りもあり、若い女性やカップルに人気だそうです。

横手市ではこの「横手やきそば」を街おこしに活用しようと、専任の職員も配置して産業振興する力の入れようで、研修会を実施して「やきそば職人」を育成するなど後継者づくりにも努めています。

元祖・神谷焼そば屋
電話0182-33-5575 33-4316
営業10:00~19:00 日曜定休
〒013-0051秋田県横手市大屋新町中野117-67
交通:JR奥羽本線横手駅下車、タクシーで15分。
車の場合は東北自動車道北上JCより秋田自動車道へ。横手インターより10分。


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盛岡じゃじゃ麺

盛岡じゃじゃ麺の元祖 白龍(パイロン)

盛岡じゃじゃ麺は今から40年ほど前に白龍(パイロン)の初代主人が大陸から持ち帰った「炒醤麺」(ジャージャーメン)が原型。ゆでたての温かいうどんにきゅうり、ねぎのみじん切りと秘伝の味噌、お好みで生姜、酢、ラー油、塩、こしょう、にんにくを好みでまぜて食べます。 最後のお楽しみはチータンとよばれるスープ。麺をあらかた食べ終わったら、テーブルにおかれた生卵を割り、よく混ぜます。麺の茹で汁を注いで、ねぎ、秘伝の味噌を入れてかき混ぜるとスープのできあがり。気取らない庶民的な料理ですが「一度食べたらやみつきになる味」と最近は観光客にも大評判。盛岡近辺へ旅行の際は必ず訪れてみたいお店です。 創業以来の盛岡じゃじゃ麺の元祖として名をはせている白龍(パイロン)では、来店するお客さんのためにすぐ隣に分店を構えるほどの盛況ぶり。お持ち帰りもできます。

(盛岡じゃじゃ麺白龍本店・店長のコメント)
「盛岡じゃじゃ麺の召し上がり方は、人によっても好みも違いますし、お店によって味も違うと思います。盛岡じゃじゃ麺が有名になることは嬉しいですが、お店が乱立してお客様をがっかりさせるような味だけは出して欲しくないものですね。当店ではご来店いただいたお客様によろこんでいただける味作りを心がけています」

白龍本店 〒020-0023岩手県盛岡市内丸5-15
電話019-624-2247
白龍支店 〒020-0023岩手県盛岡市内丸5-14
専用駐車場がありませんので近くの駐車場をご利用ください
(P)岩手公園地下駐車場 電話019-651-5019
(P)内丸ビル立体駐車場 電話019-654-8645


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